今帰仁言葉に親しもう

 

初心者のための今帰仁ふとぅーば読本

Ⅰ 今帰仁ふとぅーばについて

はじめに

 しまくとぅばを話せない皆さんに、少しでも今帰仁ふとぅーばに慣れ親しんでもらおうと「今帰仁村しまくとぅばで遊ぼう会」に所属している渡名喜一江さん(仲尾次)、喜屋武加代子さん(崎山)と私・大城茂樹越地)で、この読本を作成しました。

この読本で日本語の文章を今帰仁ふとぅーばに訳すにあたっては、データベース化された仲宗根政善著「今帰仁方言辞典」を活用しました。今帰仁方言辞典は、仲宗根政善先生の出身地である与那嶺方言で表されています。この読本を作成するにあたっては、日本語を与那嶺方言に一旦訳した後、話者である渡名喜一江さんによって仲尾次方言に言い直されたものを表記しています。仲尾次は与那嶺に隣接し、一番与那嶺方言に近い言葉ですが言い回しやアクセントに微妙な違いがあります。

「今帰仁方言辞典」で仲宗根政善先生は、発音の違い無気音有気音に区別し、無気音をひらがなで、有気音をカタカナで表記しています。しかし、この読本作成にあたっては、ひらがな。カタカナ交じりの文で表記すると読みづらくなりますので、主にひらがなで表記するようにしました。読本に目を通しながら話者が話す今帰仁ふとぅーばに耳を傾け、今帰仁ふとぅーばの理解に役立ててください。文字と発する音が違う場合は、その音は無気音だと思ってください。聞き分けられるといいですね。

第1課 今帰仁ふとぅーばについて学ぼう

 1.今帰仁ふとぅーばの分布

 
 今帰仁では、古宇利島以外の地域をムとぅーヂ」(元地)といい、ムとぅーヂのことば  を大きく分けると二つのことばに分けられます。湧川、天底、運天、上運天、渡喜仁、勢理客、呉我山、玉城、仲宗根、謝名、越地の村の東側の地域にある11の集落で話されていることばを「あがーりんしまーくとぅーば」(東側地域のことば)といい、平敷、崎山、仲尾次、与那嶺、諸志、兼次、今泊など村の西側の地域にある7の集落で話されていることばを
「いりんしまーふとぅーば」と呼んでいます。村のほぼ中央に位置する謝名越地集落と
平敷集落の間にことばの境界線があります。言葉を発音するとき、あがりんしまーでは
くとうー」と言い、いりんしまーでは「ふとぅーば」と言います。この読本では、今帰仁を代表する言葉はいりんしまーふとぅーばだと捉え、「今帰仁ふとぅーば」として学習を
進めることにしました。音撮りに当たっては、赤字で示された今帰仁ふとぅーばだけを示し
ますので、テキストと見比べながら音をしっかり聞いてください。

2.  19か字の字名を今帰仁ふとぅーばで覚えよう  (話者:渡名喜)

今泊:えーどぅめー  兼次:はにし  諸志:しくぢゃ  与那嶺:ゆなみ    仲尾次:のーし  崎山:ひちゃま   平敷:ぴしーち   謝名:ぢゃな    越地:ふいぢ  仲宗根:なはーぢゅに  玉城:たもーし  呉我山:ぐがやま  天底:あみーす  勢理客:ぢっちゃふ 渡喜仁:とぅきぢん  運天:うんてぃん  上運天:かみうんてぃん  湧川:わくがー  古宇利:ふい

第2課 いろんな単語を覚えよう

  今帰仁ふとぅーばで話せるようになるには、どれだけ多くの単語を知っているかが決め手になります。できるだけ多くの単語を覚えましょう。

1.親族語彙(話者:喜屋武)

おじいさん:ぷーぷー

おばあさん:ぱーぱ

お父さん: ちゃーちゃー

お母さん: あむ

お兄さん: みーみー 

お姉さん: まーまー

私:    わぬー  

弟・妹:  ふとぅー            年上:   しぢゃ

年下:   ふとぅー

男:    いきがー            女:    いなぐー

兄弟・姉妹:ちょーでー           赤ちゃん: あかんぐぁー

孫:    まーが      いとこ:ひちくー                           甥 姪:みーうぃ

  ※ 図と仲尾次言葉に違いがあります。仲尾次言葉で覚えてください。

2.人とのつながりを表す言葉  (話者:渡名喜)

夫婦:みーとぅんばー 妻:とぅぢー 夫:うとぅー 年寄:とぅしゆい 

若者:わはーむん  青年:にーせー  娘:いなーぐんぐぁ

婿:むふ  嫁:ゆみー  舅・姑:しとぅー  嫡子:ちゃくし

友達:どぅしー  どぅしびー(複数)   恋人:さとぅめー

正直者:まくとぅー  秀才:ぢんぶちり・でぃきやー  

利口:そーいり  知恵者:ぢんぶんむち  おとなしい:えんだせん

 ✊

3.身体語彙  (話者:大城)


頭:ちんぶ  眉:まゆー  髪の毛:はらぢ  目:みー  耳:みみー  

鼻:ぱなー  歯:ぱー   口:くち  顎:あぐー  喉:ぬでぃー

   顔:ちらー  首:くびー  指:ういび 手:てぃー  胸:にーばら 

腕:うでぃ  へそ:ぷすー  爪:ちみー  膝:ちんし  脛:しにー

肩:はたー  肘:ぴぢー  腰:ふし   もも:むむー

尻:まい  足:ぴさー   かかと:あどぅー  

 ❤

4.いろいろな動物の名前  (話者:渡名喜

 (1)イラストの中の動物

 このイラストは、「しまくとぅば講師養成講座」で仲原穣先生が作成した「しまく

ぅ ばと語彙」のテキストから引用しました。

 👂
(2)陸の動物  (話者:喜屋武)

さる:さーるー  くま:くま  しか:しか  とら:とぅらー  

すいぎゅう:みぢふしー  じゃこうねずみ:びーちゃー  こうもり:はーぶい

はぶ:ぱぶ  ひめはぶ:ふっぱ  あおかなへび:おーなぢゃ  

かたつむり:ちんなみ  かえる:はたびちゃ   くも:ふぶ  

みみず:みみんぢゃ  むかで:むかーぢ  きのぼりとかげ:ぐぇーぐぇ 

やもり:やーぢまーぶい  やすで:あまーだいむし

👄

(3) 水辺や水中にいる動物  (話者:渡名喜)

やどかり:あまむー  おたまじゃくし:たーびる  えび:いびー  かに:がい

川えび:たながー  うつぼ類:うみうなーぢ  うみへび:うみぱぶ 

わたりがに:がさみ  うに:がしし こぶしめ:ふぶしみ  いるかぴっとぅ 

👅  

(4) 昆虫(話者:喜屋武)

あり:あい 赤とんぼ:いっちゅはけぢゃ かぶと虫:あっぱー はち:ぱちー

かまきり:まーみなーいーぶー・いさーとぅ  はえ:ぺー  あおばえ:おーべー

か:がぢゃみ  せみ:さーさー  あぶらぜみ:なーびちりーちりー  

クマゼミ:わしわしー  白あり:しらあい  ほたる:ぢぇんぢぇん  

ごきぶり:とーびーらー  こがねむし:はにーべんさ  いなご:めーがーたー

みずすまし:みぢがーみ  ちょうちょ:はべるー   ばった:がーたー   

👆

(5) 鳥類  (話者:渡名喜)

かも:かむー  きつつき:きーひちーちゃ  みみずく:みゃーぢこーふ

あかしょうびん:ほーぴるる  ふくろう:こーほい  しゃも:たうちー  

たか:たか  ちどり:ちぢゅい  つる:ちるー  さしば:ちんびー  

  あひる:はぺらー  くいな:ふみるー 

 👀

(6) 魚類  (話者:喜屋武)

はりせんぼん:あばし  はぜの類:いーぶー  えらぶうなぎ:いらぶー 

ぶだい類:いらぶち  うなぎ:うなーぢ  あいご:えーぬくぁ

かつお:かちゅー  ふか:さばー  なまこ:しちーり  いいだこの類:しがい

きびなご:するる  ふな:たーゆー  はまふえふき:たまん

とびうお:とぅびいゅー  とびはぜ:とんとんみー  めばる:みーばい

しろくらべら:まくぶ  いわし類:みぢゅん  とうぎょ:とーゆー

👦

(7)貝類  (話者:渡名喜)

あわび:あーび  しゃこ貝:あぢけー  しじみ:しぢみ  たにし:たんなー

うみにな:ちんぽーらーがー  はまぐり:はまーぐい  ほらがい:ぶらー

👿

5.   いろいろな植物の名前  (話者:喜屋武  さくら以下は渡名喜)

あおさ:あーさ ぶっそうげ:あかばなー あだん:あだーに すすき:ぐしーち

ひめつばき:いぢゅー  えんどう:いんどーまみ   さとうきび:うぢー 

さるすべり:うーどぅいしーばなー  青竹:おーだき  かじゅまる:がぢまる 

きゅうり:きーうい  毛桃:きーむーむ  げっきつ:ぎぎーち  樫:かし

ひめしゃしゃんぼ:ぎまー  いちょう:ぎんなん  九年母:くにぶ  茶:ちゃ

おおばこ:くぁーなしぐさ  にがうり:ごーやー  とうがらし:こーれーぐす    

👋

桜:さくら  らっきょう:だっちょー しろばなせんだんぐさ:さしぐさー  

ふくぎ:さばんぎ  つわぶき:すぱんぱ  ひらみれもん:しーくぁーさー  

いたじい:しーぢゃー  冬瓜:すぶい  おおからしな:しまーなー 菊:ちくー

もずく:すぬい 生姜:しょーがー たいも:たーうむ ほるとのき:たーうるしー

らっきょう:だっちょー たばこ:たばーく きゃっさば:たぴおか ねぎ:びら

いぬまき:ちゃーぎ にら:ちりびらー かぼちゃ:ちんくぁい 里芋:まーむ

やまいも:ちんぬく でいご:でぃーぐ  大根:でーくに  実芭蕉:とーうー

大豆:とーぷまみ そら豆:とーまみー  小麦:なーむぢ  茄子:なしび  

へちま:なべらー 人参:ふちでーくに ぎんねむ:にんぶいぎー 赤木:はーき

のびる:ぬびるー  芝:はしぢり  茅:はやー  ばんじろう:べんしるー  

はぜのき:ぱんぢぎー  そてつ:ひてぃーち  にんにく:ぴるー いぐさ:ぴぐ

松:まち よもぎ:ぷちばー わらび:わらびー びろう:ふばー もやし:まみな

ほうせんか:ぺんさぐー  せいろんべんけい:ぽろんぽろん  ちがや:まはーや

はりつるまき:まっこー ぱぱいや:ぱぱやー ふだんそう:みすーな ゆり:ゆり

月桃:むーちーがさ  さんにん  しろうり:もーうい  おおはまぼう:ゆな

むらさきかたばみ:やはーた  いすのき:ゆしんぎ  らん:らん    

   👧

6   ろいろな数(数詞)の数え方を覚えよう  (話者:渡名喜)

(1)「数」「年齢」の数え方

  一つ:ていーち 二つ:たーち 三つ:みーち 四つ:ゆーち 

     五つ:ひちっちー 六つ;むーち 七つ:ななっちー 八つやーち 

  九つ:くくぬちー 十:とぅー

  ※十以上は現代日本語と同じ  

 ぢゅーいち、ぢゅーに、ぢゅーさん・・・・・・)

  👄

(2)月の数え方  (話者:喜屋武)

  1月:いちぐぁち 2月:にんぐぁち 3月;さんぐぁち 4月:しんぐぁ

  5月:ぐんぐぁち 6月:るくぐぁち 7月:ひちぐぁち 8月:ぱちぐぁ

  9月:くんぐぁち 10月:ぢゅーぐぁち 11月:ぢゅーいちぐぁち

  12月ぢゅーにぐぁち

  👅

(3)期間の数え方  (話者:渡名喜)

  一か月:ちゅちーち 二か月:たちーち 三か月:みちーち 四か月:ゆちーち

  五か月:ぐがちち 六か月:むちーち 七か月:ななーちち 八か月:やちーち 

九か月:くぬーちち 十か月:とぅちーち・・・・・・・

👆

(4)人の数え方  (話者:喜屋武)

  一人:ちゅい 二人:たい 三人:みっちゃい 四人:ゆったい 五人:ぐにん

  六人:るくにん 七人:しちにん 八人:ぱちにん 九人:くにん 十人:ぢゅーにん

   👇

(5)日にち  (話者:渡名喜)

  一日:ちーたち 二日:ぷちーか 三日:みっか 四日:ゆっか 五日:ぐにーち

  六日:るくにち 七日:なぬか 八日:ぱちにち 九日:くにち 十日:とぅふぁー

  👈

(6)時間  (話者:喜屋武)

  順番  先:さちー  後:あっとぅー

     一昨年:みちゅー  去年:ふぢゅー  今年:ふとぅ 

来年:えい       再来年:なーみちゅ

     先月:きたーひちー  今月:ふんしちー   来月:たちちー 

     一昨日:うってぃー 昨日:きぬー 今日:くー 明日:はちゃー

      翌日:なーちゃー  明後日:はさーてぃ

  時間帯 朝:ひてぃみてぃ 昼:ぴるー 夕方:よーねーがたー 夜:ゆるー

      朝ご飯:ひてぃみてぃむい 昼飯:はしー  夕飯:ゆふい

  💏

7.その他  (話者:大城)

(1)季節(ひちー

  春:うりぢん  夏:なちー  秋:     冬:ぷゆー  

   ※ 秋に該当する語はない

(2)空間

  方角  東:あがーり  西:いりー  北:にしー  南:ペー

  左右  右:ぢりー  左:ぴぢゃい  

前後  前:めー    後:ふし あっとぅ

  上下  上:うい  下:ひちゃー  

その他 側:すばー 空き間:まどぅー 天:てぃん 空:てぃんとー 

    地面:ぢみん、みちゃんみー

💬

第3課 簡単な会話文に慣れよう  (話者:渡名喜)

下の文章を参考に、自分の知っている単語を使って会話文を作ってみよう

  今帰仁ふとぅーばの尋ね文で語尾の「~か」はなー・がさーに、質問に答える場合の「~だよ」はれーる、「~だね」はやーになる。

お前は、太郎か       やー や 太郎 なー

うん 太郎だよ       いん 太郎 れーる

お前は誰か         やー や たるー がさー

私は花子だよ        わぬー や 花子 れーる

久しぶりだね        みーどぅーさぬ やー

あの人は何処の人か     あぬちゅー や だーぬちゅー がさー

仲宗根の人だよ       なはーぢゅにんちゅ れーる

 ※どこの出身かこたえる場合は、地名に(ちゅをつける。

友達は本土の人か      どぅしー や やまーとぅんちゅ なー

違うよ 沖縄の人だよ    あらーぬ ふちなーんちゅ れーる

あれは小学校か       ありー や 小学校 なー

うん小学校だよ       いん 小学校 れーる

これはコーヒーか      ふりー や コーヒー なー

うん これはコーヒーだよ  いん ふりー や コーヒー れーる

あれはお茶か        ありー や ちゃー なー

ううん違うよ紅茶だよ    いーいん あらーぬ 紅茶 れーる

紅茶はおいしいね      紅茶 や まーせん やー

 👧

これは何か         ふりー や ぬー がさー

これは本だよ        ふりー や しむち れーる

あれは何か         ありー や ぬー がさー

あれは時計だよ       ありー や 時計 れーる

ここは何か         ふまー や ぬー がさー

ここは頭          ふまー や ちんぶ 

ここは膝か         ふまー や ちんし れんなー

うーうん ここはこむらだよ いーいん ふまー や ふんばー れーる

お前はいくつになったか   やー や ひくっちー なった がさー

私は14歳だよ       わぬー や じゅうーし れーる

太郎と花子は同じ年だよ   太郎 とぅ 花子 や ひとぅしんちゅ れーる

誰かいないか        たるー げーら うらーん なー

ハイハイ 何か       はいはい ぬー がさー

もやし 一袋 あるか    まみーな ちゅぶくる  あん なー、

うん あるよ        いん あんどー

それから豆腐もね      うりーとぅ とーぷん やー

全部でいくらか       むるー ち ちゃっさー ないがさー

500円だよ        500円 れーる

夕飯はゴーヤーチャンプルーだよ 

                                               ゆふい や ごーやーちゃんぷるー れーる

 👲  

第4課 童話を今帰仁ふとぅーばで楽しもう

 童話を通し今帰仁ふとぅーばをたくさん覚えましょう。この読本を通して子供たちに読み聞かせすると、今帰仁ふとぅーばに対する興味・関心を高めることもできると思います。

1.桃太郎(一部抜粋)  (話者:喜屋武)

  むかし むかし ある ところ に

    むかーし むかーし ある とぅくーま ねー

  おじいさん と おばあさん が いました

    ぷーぷー とぅ ぱーぱー が もーるたん

  おじいさん は やま に たきぎ を ひろい に

    ぷーぷー や やまー かてぃ たむーぬ ぷるい が

  おばあさん は かわ に せんたく に いきました

    ぱーぱー や はーら かてぃ ちぬあれー が ひちゃん

  おばあさん が せんたく を していると

    ぱーぱー が ちぬ あらとぅいねー

  かわ の うえ から おおきな もも が

    はーら ぬ うい ちゃら ちゃっぴー げーら ぬ むーむ が

  どんぶらこ どんぶらこ と ながれて きました

    ゆったい くぁったい しち ながーりてぃ ちゃん

  おばあさん は その もも を ひろって うち へ かえりました

    ぱーぱー や うぬ むーむ ぷるーてぃ やー かてぃ けーたん

  おばあさん が もも を きろうとすると もも が ふたつ に 

われて なか から おおきな おとこのこ が うまれました

    ぱーぱー が むーむ ちんでぃ すーぐとぅ  むーむ が 

    たーち かてぃ わっきてぃ なは ちゃら ちゃっぴー 

    げーら ぬ いきーがんぐぁ が まーりたん

  おじいさん と おばあさん は そのこ に ももたろう という

  なまえ を つけました・・・・(以下省略)

    ぷーぷー とぅ ぱーぱー や うぬ くぁー ねー 

    ももたろう でぃ  いぅーぬ なー しきたん・・・・・

  👸

2.おまえ うまそうだな   

     やー まーさぎさー えんやー (話者:渡名喜)

  昔 昔 大昔 ある 晴れた 日の こと

   むかーし むかーし うーむかーし ぬ ぱりーとぅいぬ ぴーぬ

   くとぅ 

山 が ドドド・・・ と 噴火して 地震 が グラグラグラ

   やまー が どどど・・ でぃち ぴー ぷちぢゃち 

   にー が ぐらない ぐらない

  その時 アンキロサウルス の 赤ちゃん が 生まれました 

   うぬとぅちー アンキロサウルス ぬ あかんぐぁ が まーりたん 

  でも こんなに 広い 処に 一人ぽっちーー

   えーしが あんち ぴるせーぬ とぅくーま ねー たった ちゅんちゃー 

  赤ちゃん は 寂しくて しくしく 泣きました

   あかんぐぁー や さびーさぬ ひんない ひんない なちゅーたん

  そして 泣きながら とぼとぼ 歩いて いると

   んち なかがんなー よんなーよんなー あっちゅる ぐとぅ 

  ガオ・・・・・

   「がお・・・」

  「ひひひひ・・・ おまえ うまそうだな」

   「いひひひ・・・・ やー まーさぎさー やー」

  ティラノサウルス が そういって よだれ たらたら ながしながら

 とびかかろうとした その ときです  「おとうさーん」

    ティラノサウルス が あんひちー ゆーだい そーない そーない

    たらさがんなー とぅっかかるんでぃ すーぬ うぬ ばー やたん

    「ちゃーちゃー」

  アンキロサウルス は ティラノサウルス に しがみつきました

   アンキロサウルス や ティラノサウルス ねー うちしがたん

  「さみしかったよ こわかったよ」  

   「さびさたんよー ふとぅーるさたんよー」

ティラノサウルス は びっくり おもわず こう いってしまいました

   ティラノサウルス や うどぅるち うびらぢ あい ひちゃん

  「なんで おれさま が お、 おとうさん だって わかったんだ」

   「ぬーでぃち わぬ が ちゃ ちゃーちゃー でぃち わーたがさー」

  「だって ぼく の なまえ よんだでしょ」 

   「わー なー ゆびたむんさー」

  「なまえを しってるんだから おとうーさんだよね」

   「わんが なー わーるむん ちゃーちゃー えんよやー」

  「な、 なまえ・・・・」

   「な なーあ・・・・」

👿

「うん おまえ ウマソウだなって 」

   「いん いやー まーさぎさー えんやー でぃち」

  「ぼく の なまえ ウマソウ なんでしょ」

   「わーなー まーさぎさー えーらやー」

  ティラノサウルス が きょとんと していると 

        ティラノサウルス が とぅるまどぅー しちゅるぐとぅ

  「ぼく おなか ぺこぺこだよ」 

      わぬ わたーぴがりとぅん」

   そう いって ウマソウ は むしゃむしゃ くさ を たべはじめまし

      あいひち まーさぎさー や むさない むさない くさー 

    けー ぱぢみたん

  「おいしい おとうさん も たべなよ」

   「まーさぬ ちゃーちゃー ぬん ちゃーぎれー」

「あ、ああ・・・あむあむむ・・・くさ よりも にくのほうが・・・」

  「あ ああ・・・ あむあむむ・・くさー よーか わーし・・・」

  「い、いや おとうさん おなか すいていないから おまえ ぜんぶ たべなよ」

   「いーいん ちゃーちゃー や やーくねんとぅ やー むるかい けーば」

  「ありがとう ぼく いっぱいたべて はやく おとうさん みたいに なりたい」

   「にへーえんせん わぬ ちゃっさげーら かーてぃ はくなー 

   ちゃーちゃー が ぐとぅ ないぶせん」

  「お、おれみたいに なりたい・・・・」

   「わ わんが ぐとぅー ないぶせん・・・」

  ティラノサウルス が 小さな 声 で そう 言った ときです

   ティラノサウルス が ぐなー ふぃち あい しちぇーぬ ばー やたん

キランタイサウルス が 目を ぎらぎらさせて 近づいてきました

   キランタイサウルス が みー ぎらない ぎらない しちー 

   しちゃゆてぃちゃん

  「ひひひ うまそう」

   「いひひ・・まーさぎさー」

  「おじさん も ぼくのこと しってるんだね」

   「うんちぅ ぬん わぬ わはるん ばーな」

  「ああ、 よーく しっているさ うまそう だからな」

   「ああ ゆー わーるさ まーさぎさ えーとぅよー」

   そう いうと キランタイサウルス は おおきな くちを ぱかっとあけて 

   ウマソウに とびかかりました

   あい ひちー キランタイサウルス や ちゃっぴーげーら くちー

   あーぶらーち しちー まーさぎさー ねー とっかかたん

   ガブリ  「う・・・・」

   がぶり  「う・・・・・」

👶

  ティラノサウルス は ウマソウを まもりました

   ティラノサウルス や まーさぎさー まむい とぅーちゃん

   そして いたいのを がまんしながら しっぽを ぴゅーんと ふって バッシーン

   あんちしちー やみーし にぢーら がんなー ぢゅー びゅんない

   びゅんない ぷいまーち ばっしーん 

   ウマソウ は なにもしらずに 夢中で 草を 食べていました

   まーさぎさー や ぬーん きーしかぬ ままー むそー なってぃ

   くさー かーとぅたん

   草を 食べ終えると ウマソウは すやすや眠ってしまいました

   くさー けーわーるぐとぅ まーさぎさー や すぱーら にんたん

   それを 見ながら ティラノサウルスは つぶやきました

   うりー みゃーがんなー ティラノサウルス や どぅーちゅいむぬ

   いー しちー

   「おれみたいに なりたい か」

  「わぬ が ぐとぅ ないぶせん でぃー」  

  背中 の 傷 よりも 心 が ずきんずきん と 痛む 夜でした

  ながりーぬ きぢー よーか ちむ ぢんない が ぢんない やみぬ

  ゆるー やたん

次の 日の 朝  ドカーン

  なーちゃー ぬ ひてぃみてぃ  ドカーン みかち

山の 噴火で ティラノサウルスは 目 を さましましたら ウマソウが 

いませんでした

  やまー が ぴーぷちいぢゃち ティラノサウルス が みー 

  さまー すぐとぅ まーさぎさー が うらんなたん

  「あいつ ど、どこに 行ったんだろう」

  「あぬひゃー だ だーち いぢゃーがやー」

  ティラノサウルス は のっしのっしと 探しました

  ティラノサウルス や ゆったゆた あまーふま とぅめーたん

 岩の 間も 池の 中も 林の 中も 草むらも

  いしー ぬ はぎ ちゃら ふむい ぬ なはー むい ぬ なはー ん 

  くさーぬみー ぬん・・

 「もしかしたら 昨日 の キランタイサウルス に・・・」

  「むしーかしーば きぬー ぬ キランタイサウルス ねー・・・」

   その 時 です 「おとうさん」

  うぬ ばー やたん 「ちゃーちゃー」

   振り返ると 赤い 実を 背中 に 乗せて ウマソウが 歩いてきました

  とぅんけーるぐとぅ あかーない ながーりーねー はしぎてぃ 

  まーさぎさー が あっちちゃん

  「お父さん これ 食べて あんまり 草 好きじゃないでしょ

   ぼく あっちの 山 まで いって 取って きたんだよ すごいでしょ」

  「ちゃーちゃー ふりー ちゃーぎんそーれ どぅくなー くさー や 

  しかんらやー わぬー あぬ やまー までぃー いぢー とぅってぃ 

  ちゃんどー ちゅーばー やらやー

👵

  「な、なんで そんな 遠く まで 行ったりするんだ あぶないじゃないか」

 「ぬ ぬーでぃち あがとぅーく までぃ いちゃーがー ふかーさぬ」

  ティラノサウルス が 怒って 大きな 声 を だすと

  ティラノサウルス や わぢーてぃ ふぷあびー すーぐとぅ

「ご、ごめんなさい おとうさんが よろこんで くれるとおもて・・ごめんなさい」

 「ま まちげーや ちゃーちゃー が そーさすんでぃ うみてぃ まちげーや」

「わ、わかった もう いい 泣かなくて いい・・・」

 「わ わーたん なー しみーさ なかんてぃん しみーさ・・」

  ティラノサウルスは そう 言うと 赤い 実を ひとつ ぽーんと 口の 中に 

  入れ」ました

  ティラノサウルスが あい ゆーぐとぅ いちゅー(あかー)ない てぃーち

  ぽーんみかち くちー ぬ なはー ち いんたん 

  「ありがとう ウマソウ おいしいよ」

  「にへーどー まーさぎさー まーせんどー」

  次の 日 から ウマソウ は 毎朝 ティラノサウルスの ために 赤い 実を 

  取りに 行きました

   なーちゃー ら まーさぎさー や めーひてぃみてぃ ティラノサウルス 

   が たみーねー あかーない とぅいが いぢゃん

💃

    やがて ティラノサウルス は ウマソウ に 色々な 事を 教えるように 

   なりました

  やがーてぃ ティラノサウルス や まーさぎさー ねー だんだんぬ くとぅ

  ならーすぬ ぐとぅ なったん

  「ウマソウ これが たいあたりだ」

 「まーさぎさー ふりーが どぅあたい どー」

  それを 見て ウマソウ は 言いました

  うりー みっち まーさぎさー や ひちゃん

  「うわー すごい ぼくも 早く お父さん みたい に なりたいー・・・」

    「あいー ふすましーむん わぬんはくなー ちゃーちゃーが ぐとぅ

    ないぶさーぬ」

   しっぽ の 使い方 も 教えました 

  ぢゅー ぬ しけーかたー ん ならーちゃん

   それ を 見て ウマソウ は 言いました

  うりー みっち まーさぎさー や いうーたん

   「うわー すごい ぼくも 早く お父さん みたいに なりたいなー・・・・」

  「あいー すーらさぬ わぬん はくなー ちゃーちゃー ぐとぅ 

  ないぶさぬ・・・」

   ほえ方も 教えました

  ぶいりがたー ん ならーちゃん

   それ を 見て ウマソウ は 言いました

  うりー みっち まーさぎさー や いゅーたん

   「うわー すごい ぼくも 早く お父さん みたいに なりたいな・・・」

  「うわー ふすましむん わぬん はくなー ちゃーちゃー ぐとぅ 

  ないぶさぬ・・・・」

💁

   そして 何日も 何日も 過ぎて いきました

   あんちしーしーしちー ひくにちん ひくにちん たっち いぢゃん

   「ウマソウ おまえには もう 教える ことが なくなったよ

 だから 今日で お別れだ さようなら」

   「まーさぎさー やー ねー ならーすん くとぅー や ねーなたん 

   あんすとぅ くーかぢり わかーりー どーや 」

   「いやだ いやだ 絶対 いやだ」

   「いーいん いーいん ぢょーい ならぬ」

   ウマソウ は ぽろぽろ 涙 を 流しました

   まーさぎさー や ぽろない ぽろない なだー ふとぅちゃん 

   「ぼく お父さん みたいに なりたいんだ お父さん と 絶対 一緒に いる」

   「わぬ ちゃーちゃー が ぐとぅ ないぶせん ぬーでぃちん

   ちゃーちゃー とぅ まんな うん」

  「ウマソウ おれみたいに なったら だめだ いや おまえは おれみたいに 

  なれないんだよ」

   「まーさぎさー わんがぐとぅー なってぃや ならぬ あらーん 

   やーや わんが ぐとぅ や なららぬ」

   「いやだ いやだ 絶対 いやだ」

   「いーいん いーいん ぬーでぃちん ばー」

   「よーし 分かった あそこの 山 まで 競争だ もし おまえが おれに

   勝ったら ずーっと 一緒に いてやる」

   「とう わーたん あぬ やまーまでぃ すーぶ やー 

   むしー やーが わんねー かちーば ひちーまでぃん まんなういさ」

   「よーし ぼく 負けないよ」

   「ぢょーい わぬ まきーらぬ」

   ウマソウは 涙を 拭くと 走りだしました

   まーさぎさー や なだー ぬぐてぃ ぱいぱぢみたん

 全速力 で 走りました 山に 向かって 走りました

   ちからぬかぢりー ぱったん  やまー ち むかーてぃ ぱったん

   「僕 お父さん と ずっと 一緒に いるんだ」

  「わぬ ちゃーちゃー とぅ ひちまでぃん まんなー うんどー」

   ウマソウ は 後ろも 見ないで どんどん 走っていきました

  まーさぎさー や あとーん とぅんけーらんぐい どんない 

  どんない ぱってぃぢゃん

  「さようなら ウマソウ・・・・・」

  「いかひー まーさぎさー・・・・」

  ティラノサウルス は そう つぶやいて 赤い 実を ひとつ 食べました

  ティラノサウルス や あいひちー あかーない てぃーち かーたん

👨

3.   そらをとんだマングース  (話者:渡名喜)

えいほ えいほ ハブより つよい マングース

  えいほ えいほ パブー よーか ちゅーせーぬ マングース

えいほ えいほ ハブより つよい マングース

  えいほ えいほ パブー よーか ちゅーせーぬ マングース

とおい とおい みなみの そらから

  はーま とぅーくぬ ぺー ぬ てぃんとー ちゃら

たかの うたごえが きこえて きました

  たかー ぬ ふたーぐい が しかってぃ ちゃん

ねずみの ちゅうきちは おおいそぎで

  えんちゅー ぬ ちゅうきち や あわーてぃーぴゃーてぃー ひち

しまの どうぶつひろばへ かけだすと

  しまーぬ ひちむしーみゃー ち ぱいなってぃ ぢー

ちからいっぱい かねを うちならしました

  ちからぬかぢりー はにー ふちーならーちゃん

カーン カーン カーン 「たかが わたって きたぞー」

  カーン カーン カーン  「たかー が わたーてぃ ちゃんどー」

カーン カーン カーン 「みんな はやく あつまれー」

  カーン カーン カーン  「むるー はくなー はちまれー」

たかの かえりを いまか いまかと

  たかー が けーてぃすーし なんまがやー なんまがやー でぃち

まちわびていた どうぶつたちは 

  まちかんとぅ しちゅーたぬ ひちむしーたー や

「それっ」 とばかりに あつまって きました

  「とぅーひゃー」 でぃちー はちまってぃ ちゃん

かぜを きって とんできた たかは

  はぢー きっち とぅでぃーちぇーぬ たかー や

「おーい! マングースを つれてきたぞー」と

  「えー マングース そーてぃ ちゃんどー」 でぃち

おおきな こえで さけびました

  てぃんとぅーぬ ふぴー あびたん

「ばんざーい! ばんざーい!」

  「ひたいひゃ」 「ひたいひゃ」 

「もう ハブに いじめられずにすむぞ!」

  「なー パブー ねー しっぴゃ さーらんぐい しますさ」

「マングースが たすけにきたんだ」

  「マングース が たしきー が ちゃんどー」

どうぶつたちは とびあがって よろこびました

  ひちむしーたー や とぅんあがてぃ そーさ ひちゃん

でも マングースは とても ちいさいのです

  えーしが マングース や しかっとぅ ぐなーさったん

それに なんだか おくびょうそうです

  うぬういねー ぬーげらー しかまーら ひち

「えー! きみが マングース」

  「えー やー が マングース なー」

「こんなに ちいさくて ハブに かてるのかい?」

  「あんち ぐなせーしが パブ― ねー かちゆーすん ばーなー」

「あーあー まけちゃうかも しれない」

  「あい いー まきーりーが すー   わーらぬ」

どうぶつたちは かたを おとして がっかりしました

  ひちむしーたー や はたー ふとぅち ぶたっとぅ しちゃん

マングースは そんな こえに そしらぬ かおをして

   マングース や うぬ ふい ねー しらんぷい ひちー

「はじめまして ぼくの なまえは マグです

  「ぱぢーみてぃやー わー なー や マグ えーびん」

ハブより つよーい マングースです

  「パブ― よーか ちゅーせぬ マングース えーびん」

ぼくが ハブを やっつけて あげましょう」と

  「わぬー が パブ― ちんまかち ふさぎらやー」 でぃち

じしん ありげに いいました

  ふんぶん すーぬ ぐとぅ いぅーたん

「ハブに かまれたら しぬんだよ しまいちばんの ちからもち うしだって 

やられたんだ」

  「パブ― ねー くぁーりーば しぬん どーやー 

  しまー いち ぐてーあいぬ ふしー やてぃん くるーさったん どー」

ちゅうきちは しんぱいして いいました

  ちゅうきち や しわーなってぃ あいひちゃん

それでも マグは くびを よこに ふると 「だいじょうぶだよ ぼくには 

はやい あしと ゴムのように やわらかい からだが あるんだ」と いって 

どーんと むねを たたきました

  あんちん マグ や くびー ぷてぃー

  「ちゃんねんさ わんねーや ぺーせぬ ぴさー とぅ ごむ ぬ ぐとぅ 

  やぱーらせーぬ どぅーまー あいむん」 でぃち どーん みかち 

  にーばら たたちゃん

そこへ さわぎを ききつけた ハブが スルスル ニョロニョロ でてきました

  うまー かてぃ さわぢ しちぇーぬ パブー が するない するない 

  いぢーてぃ ちゃん

「うわぁー ハブだ! ハブだぞー」

  「ぅわー パブ― れーる パブ― れんどーひゃー」

どうぶつたちは ハブを みると ふるえあがって

  ひちむしたー や パブ― みゅーぐとぅ にーがたがたー ひちー

にげだしました

  ぴんぎてぃぢゃん

マグだけが のこったのです

  マグ びけー が のーとぅたん

「おれさまを やっつけるんだと?」

  「ぬー わぬー やっちきるん でぃなー」

ちびのくせに なまいきな やつめ!」

  「まーみんくぁー ぬ くさぶっかー が」

ハブは マグを みおろすと どくの キバを ひからせました

  パブ―や マグ みーうるーち どぅくー あいぬ やーちばー ぴかーらちゃん

でも マグは すこしも おそれません

  あんちん マグ や てぃーちん うぢーらんなたん

「らんぼうものの ハブめ! とっちめてやる」と にらみかえし あっと 

いうまに とびかかりました

  「あまーさー ぬ パブ― ぐてーしが とぅっちみてぃ みしらーやー」 

  でぃち にらみけーし とぅ まんなー とぅっかかたん

くさかげに にげだした どうぶつたちは いきを ころして みまもります 

  くさーぬみー ち ぴんぎたぬ ひちむしーたー や いち とぅみてぃ 

  みまむたん

マグの すばやいこと すばやいこと

  マグ が ぐるせん くとぅ ぐるせーぬ くとぅーよー

まえに うしろに みぎ ひだり めにもとまらぬ はやわざで 「えいっ」 

とばかりに かみついたのです

  めー あっとぅー ぢゅりー ぴぢゃい みー にん とぅまーらぬ

  ぺーわぢゃー ち 「えいっ」 みかち ふちしがたん

「ぎゃあああ・・・・・」

  「ギャアアアア・・・・」

どくの キバが やくにたたず ハブは ひめいを のこして にげだしました

  どぅくー あいぬ やーちばー ぬん やくー たたーぬ パブ― や

  なかがんなー ぴんぎたん

「やった! やった! マグが ハブを やっつけたー」

  「ひたいひゃ ひたいひゃ マグ が パブ― やっちきたんどー」

どうぶつたちは おどりでて みんなで マグを どうあげです

  ひちむしーたー や もーやーてぃーや ひちー

  むるーかい ち マグ が どぅ むちあぎたん

その にぎやかなこと 

  ふぬ ぱねーちゅぬ くとぅよー

マグを たたえる うたや おどりも とびだしました

  マグ ぷみるぬ ふたー ん うーどぅい ぬん とうんぢたん

えいほ えいほ ハブより つよい マングース

  えいほ えいほ パブ― よーか ちゅーせぬ マングース

えいほ えいほ ハブより つよい マングース

  えいほ えいほ パブ― よーか ちゅーせぬ マングース

マグは しまに すみついて みんなと たのしく くらしました

  マグや しまーねー いーしっち むるーかい とぅ そーさひちー

  くらちゃん

でも ふるさとを おもいだすのでしょうか

  あんちん どぅーぬしまー うびぢゃすんばー げーら

ときどき そっと みなみの うみを  ながめている そうです

  ちょいなーちょいなー さながーち ぺー ぬ うみ ながーみとぅん ぷーぢー

👉

第5課 子供の歌を今帰仁ふとぅーばで歌ってみよう

 童謡やアニメソングを今帰仁ふとぅーばで歌うと次のようになります。子供たちに

 歌って、聞かせてください。

1.  童謡

(1)かたつむり

でんでん むしむし かたつむり   でんでん むしーむしー ちんなみ

おまえのあたまは どこにある    やーぬ ちんぶ や だーねー あいがー

つのだせ やりだせ あたまだせ   ちぬー いぢゃーせー やい いぢゃーせー

                ちんぶ いぢゃーせー

 ✋

(2)めだかのがっこう

  めだかの がっこうは        はかんみー ぬ がっこー や

かわのなか             はーら ぬ なはー

  そっと のぞいて みてごらん    さながーち ながーみてぃ みっちーめー

  そっと のぞいて みてごらん    さながーち ながーみてぃ みっちーめー

  みんなで おゆうぎ しているよ   むるー ち もーやー ひちゃっちゅん

 👀

(3)        とんぼのねがね

  とんぼの めがねは         はけーぢゃ ぬ がんちょー や

  みずいろ めがね          みぢーいる がんちょー

  あーおい おそらを         おーるー てぃんとぅー

  とんだから とんだから       とぅでーとぅよー とぅでーとぅよー

 👃

1.  アニメソング

(1)サザエさん

  お魚くわえたドラ猫追っかけて    ゆー くぁーとぅいぬ 

                    ぴんぎみゃー ういくるち

  裸足でかけてく陽気なサザエさん   はだーぴさー ち 

                    ぱいぬ よーきな サザエさん

  みんなが笑ってるお日様も笑ってる  むるー が わらーとぅん

                    てぃだー ん わらーとぅん

  ルルルル今日もいい天気      ルルルル くー や  ひー わーしち

  👄

(2)ゲゲゲの鬼太郎

  ゲッゲッゲゲゲのゲー       ゲッゲッゲゲゲ の ゲー

  朝は寝床でグーグーグー      ひてぃみてぃ や 

                   にんびぢゃー ねー グーグーグー

  たのしいなたのしいな       そーさぬ そーさぬ 

  おばけは学校も試験も何にもない  きぢむなー や がっこー ん 

                   しけん ぬん ぬーん ねん

Ⅱ 今帰仁村の文化に触れよう

第6課 暮らしの中の植物  (話者:大城)

  昔の人々は、身近にある植物を様々な形で暮らしに取り入れていました。昔の人々の生活の知恵を学びましょう。

  イシマチカンポーレイいたびかずら):葉を陰干しにして、煎じて飲めば、糖尿病に  効くと言われている。

ぱー はぎぶし しちー しんぢてぃ ぬみば 糖尿病 かてぃ

ひちゅんでぃ いやっとぅん

  カンヂョービチ甘草):産婦の乳が出るまでの間、煎じて産児に飲ませる。

      くぁーなさー ぬ ちー が いぢるん までぃぬ えーぢゃー 

しんぢてぃ はんぐぁー かい ぬまーすん

  ギギーチ月橘):ギギーチの花が咲き始めると台風が来ると言われている。

      ギギーチ ぬ ぱなー が さちー ぱぢみねー てーふー が すんでぃ

いやっとぅん

  クルチー黒木):三味線を作る材木として使われる。

      さんしん しこーるぬ ぢゃいぎ とぅしちー しかーらとぅん

  クァンソウ萱草;あきのわすれぐさ):不眠症に効く。 

 不眠症 かてぃ ひちゅん

  サバンギ福木):子供が葉を草履代わりに履いて遊ぶ。サバーは草履のこと。

      わらーびー が ぱー ち さばー ぬ かわい に くでぃ はしーびん

  サンニン月桃):葉はにおいが香ばしく、餅などを包むのに用いる。葉は、ムーちけーガサ―という。

      ぱー や はばーさぬ むーちー んでー ひちーみぬ たみー に

      しかーらとぅん  ぱー や むーちけーがさー でぃ ゆん

  シーシーダマじゅずだま):実に糸を通してつなぎ、子供の首飾りにする。

      ない かてぃ ひちゅー とぅーち ちな-ぢ わらーびー ぬ

くびーかぢゃい に すん

  ソーガ生姜):病気が流行すると魔除けに糸で吊って首にかけた。

      げーち ぬ ぷーちげーし とぅしちー ひちゅー ち さぎてぃ 

  くびー かてぃ はきたん

  ソーヂグサーせいろんべんけい):ぽロンぽロンともいう。花をあぶって膨らませ,ふき音を立てて子供が遊ぶ。

      ぽろんぽろん でぃん ゆん   ぱなー あんびてぃ ぷっかち

ぷっち ふとぅー たてぃてぃ わらーびー が はしーびん

  ターウルシーほるとのき):田の肥料として用いる。観賞用として庭に植える。 

      たー ぬ くぇー とぅしちー しかーとぅん 

      観賞用 とぅしちー にわー かてぃ ういるん

  タピオカたぴおか、きゃっさば):根からでんぷんを取る。

      にー ちゃら くぢー とぅん

ヂコーミやぶにっけい):実はゆでて、団子のようにして食べる。

      ない や ゆでぃてぃ 団子 ぬ ぐとぅ しちー かむん

  チャーギいぬまき):最上の建築材として用いられる。 

      ぢょーむぬ ぬ ちゃいぎ とぅしちー しかーらりん

  チャーダキ苦竹、ほうらいちく):ざるなどを作るのに用いる。

      そーき んでー しこーるん たみに しけん

  チンブクダキほていちく):釣り竿に使う。

      ゆーくぁーし そー とぅしちー しけん

  👉

  ティップーダマンギさんごじゅ):実を竹鉄砲の弾に用いる。枝葉から毒を取り、魚を取るのに用いられた。

ない だきー  てぃっぷー ぬ たまー とぅしちー しけん ゆだーぱー

ちゃら どぅくー とぅってぃ ゆー とぅいぬたみーに しかーとぅたん

  ナーシキグサーおおばこ):子供の名前をつけるときに供える。

      わらーびー ぬ なー しきーるぬ とぅちに しきーるん

  ハナグンボーはまぼうふう):喘息の薬になる。

      ぴみーち ぬ くすい かてぃ なん

  マンヂューウイぱぱいや):大正の中頃に今帰仁に移入された。

      大正 ぬ なはーぐるー 今帰仁 かてぃ いっちちゃん

  ミヂンサるりはこべ):毒草で、魚を取るササーに用いる。

      いらーぐさー ち ゆー とぅん たみぬ ささー かてぃ しけん

  ミミグサーゆきのした):ミンヂャイグサーともいう。百日咳や小児の解熱、みみだれに効く薬草である。

      みんぢゃいぐさー でぃん ゆん   百日咳 とぅか わらびー ぬ

      にちーさまーし  みんぢゃい ねー しちゅん ういちョ― えん

  モープッカはいごけ):乾燥して毬を作るのに用いられた。

      かん しちー うみんばーな しこーるん たみに しかーたん

  ユシーギいすのき):家屋の木材に用いる。芯の部分は三味線の用材となる。実を子供が食べた。

      やー ぬ ぢゃいぎ とぅしちー しけん しん や さんしん ぬ 

 ぢゃいぎ かてぃ なん  ない や わらーびー が かだん

  ユナーおおはまぼう):黄色い花が咲き、子供が糸に貫いて遊ぶ。

      あわーいるー ぬ ぱなー が さちー わらーびー が ひちゅー かてぃ ぬちー はしーだん

 👃

第7課 季節に関する言い伝え  (話者:大城)

  ニングァチハヂマーイ;旧暦2月ごろ急に風向きが変わり天気が悪くなること

      旧暦ぬ にんぐぁち ぐる あったに はぢむけー が かわーてぃ

      やなーてぃんち に なんくとぅ

スーマンボース―:小満芒種 梅雨の雨が最も降る時期

    ながーあみー ぬ あみー が いっちが ぷん ぢぶん

カーチーベー:夏の到来を告げる季節風。昔はこの風を使って帆船で沖縄から本土へ

または南方から沖縄へ航海した。

      なちー ぬ ぱぢまい しらーすん ひちーはぢー むかーし や ふぬ

はぢー しかーてぃ ぷーしん ち うちなー ちゃら やまーとぅー 

かい またー や ぺーはたー ちゃら うちなー かてぃ わたーたん

ミーニシ:初秋に吹き始める北風。この風が吹き始めると暑さもだんだん和らぎ、

涼しく過ごしやすい秋が始まる。

秋ぬ ぱぢーみ に ぷちーぱぢみぬ にしーはぢー ふぬ はぢー が

ぷちー ぱぢみねー ぷみーち ぬん しでーに やぱーらきてぃ

しだーしだー とぅ くらーし やっせん 秋 が ぱぢまん

 👮

第8課 琉歌を楽しもう    (話者:大城)

1.今帰仁の俗謡    

    今帰仁村史第五章「俗謡及びわらべ歌」より

琉歌の意味は、地域のお年寄りに聞くなどして自分なりに調べてみよう。

今帰仁(なちぢん)(ぐしく) 霜ないぬ九年母(しむないぬくにぶ) 

志慶真乙樽(しぢまうとぅだる) ぬちゃいはちゃい


今帰仁ぬ 一条(ちゅなぎ) 並松(なんまち)ぬ 美らさ(ちゅらさ) 花染ぬ(はなずみぬ)

芭蕉と(ばしゃとぅ) 美童(みやらび) 美らさ(ちゅらさ)

👦

山と山(やまとぅやま)ちなじ みはらしん ゆたさ (んかし) 北山ぬ 

名残り(なぐり) 立ちゆさ(たちゅさ)

 

越地川(ふいじがー)ぬ (みじ)や (しな)かみてぃ 湧ちゆさ(わちゅさ) 

越地(ふいじ)美童(みやらび)ぬ くんだ 美らさ(ちゅらさ)

 

島やまが (わらび) 今帰仁ぬ 天底(あみす) 美らく生りたる 花の童

 

兼久下我部(かにくしちゃがぶ)や 傘はやや居らに(うらに) あん美らさまかて 

太陽に(てぃだに) 照らち(てぃらち)

 

運天(うんてぃん)ぬ (なーとぅ) いくさ(ぶに) 浮きて(うきてぃ) 

いくさどや 大和(やまとぅ) しわや 沖縄(うちなー)

 

古宇利(くーり)荒崎(あらさち)ぬ 波立ちゆし(なみたちゅし)見りば 

里が旅たちぬ やらしぐりしや

 👧

2.平良新助が詠んだ琉歌の中から    (話者:大城)

世界(しけー) 踏み分けて(ふみわきてぃ) 浮世(うちゆ) 渡るんで(わたるんでぃ) 

着ちゃる(ちちゃる) 布哇島(はわいじま) 花の都(はなぬみやく)

 平良新助が、移民の父で知られる当山久三から第1回ハワイ移民団の実情調査でハワイを訪れた時に詠んだ琉歌で、「ハワイは気候風土もよく、移民地としては素晴らしい所だ」と沖縄の人々に知らせるために詠んだ琉歌だと思われる。

七転び(ななくるび 転び(くるび) ひやみかち 起きて(うきてぃ) わした 

この沖縄(くぬうちなー) 世界に(しけに) 知らさ(しらさ)

 去った沖縄戦で、焼け野が原になった沖縄の復興に立ち上がるウチナーンチュを励まし、奮い立たせるために詠んだ琉歌である。

恩納高山に(うんなたかやまに) 電車道(でんしゃみち) 開けて(あきてぃ) 

世界(しけー) 呼び寄せて(ゆびゆしてぃ) 踊てみしら(うどぅてぃみしら)

 戦後の復興に立ち上がるウチナーンチュに、恩納岳にトンネルを掘り、那覇から今帰仁まで続く鉄道を通して世界中からお客さんを呼び寄せ、お祝いしようと言う復興を成し遂げた後の沖縄の明るい未来を想起させる琉歌である。那覇からヤンバルまで鉄軌道を通し、沖縄経済の発展と観光の振興に生かそうとする今の沖縄の姿を予見していたかのようである。

ジャワやスマトラん 飛び渡て(とぅびわたてぃ) みぶさ 

昔親ふじが(んかしうやふじが) 遊びどくる(あしびどぅくる)

 大航海時代にウチナーンチュの先祖たちが活躍していたジャワやスマトラに出かけてみ

てみたいという思いで八十八のお祝いを返上して東南アジアの旅行に出かけた新助翁。

旅行から帰ってきた後も若者に海外雄飛するようけしかけていたそうである。

👴

第9課 今帰仁ことばの簡単な規則について知ろう  

今帰仁ことばの特徴    ~ここがおもしろい今帰仁ことばより~

  ここで紹介する今帰仁言葉の特徴は平成29年「時事出版社」発行の「くらべてみよう しまくとぅば」(電子版)に掲載されている『ここがおもしろい今帰仁ことば』を引用しました。執筆者は、琉球大学非常勤講師で、謝名出身の島袋幸子先生です。

 1.今帰仁ことばのアクセントやイントネーションの特徴

東地域の方言と西地域のことばの違いは、アクセントやイントネーション、同じ単語の音節の長短の違いなどがある。役場では、戸籍抄本を求めて「コセきとーホン」というか「コセーきとーホン」というかによって村の東の地域に住んでいる人なのか、西の地域に住んでいる人なのか、判断できるようである。

2.発音と語尾の特徴

アイウの母音で始まる単語を東地域のことばでは「あ、い、う」のままだが、西の地域のことばでは「ハ、ヒ、フ」になる。また、東地域のことばは動詞の否定形が「サン(しない)」、「アシバン(遊ばない)」のように末尾が「」になるのに対して、西の地域の方言では「サーヌ(しない)」、「ハシーバヌ(遊ばない)」などのように「」になる。

 

しない

遊ばない

東の地域

シー

シー

シー

とぅー

シバ

西の地域

シー

シー

シー

とぅー

サー

シバ

3.「ぱぴぷぺぽ」の音が多いことば

今帰仁ことばの一つの特徴として、中南部のことばにはみられない「ぱ、ぴ、ぷ、ペ、ぽ」の発音がある。今帰仁ことばでは歯のことを「パー」、火は「ピー」、船は「プニ」、縁は「ぴり」、星は「プシ」と言う。標準語の「は、ひ、ふ、へ、ほ」と表記される音節は、古く平安時代以前までは「ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ」と発音されていたのが、「」音に変化したということが定説になっている。日本語の平安時代以前のの子音と今帰仁ことばのp音が対応し、日本語の平安時代以前のpの子音を今に伝えるものとして知られている。

4.パーパー(卵焼き)とぱーぱー(祖母)

今帰仁ことばで「卵焼き」を「パーパー」という。祖母を「ぱーぱー」という。「ぱ」と「パ」の発音の違いを仮名文字で書き分けるのは難しい。「ぱーぱー」の「ぱ」は、発音するとき、喉頭を緊張させて声帯を閉じるので、息が少ししか出てこないので無気音という。「パーパー(卵焼き)」の「パ」は、喉頭の緊張のない発音で有気音という。「沖縄今帰仁方言辞典」の著者の仲宗根政善先生は有気音をカタカナで、無気音をひらがなで書き分けている。

今帰仁方言には有気音の「パ、ピ、プ、ペ、ポ」、「カ、キ、ク、ケ、コ」、「タ、チ、ツ、テ、ト」、「チャ、チュ、チョ」と無気音の「ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ」、「か、き、く、け、こ」「た、ち、つ、て、と」、「ちゃ、ちゅ、ちょ」があるのである。有気音と無気音の違いを持たない方言地域の人には聞き分けることが難しい。

カー:皮 かー:さあ(感動詞)   ターち:田へ たーち:二つ

パーパー:卵焼き ぱーぱー:祖母  チャー:茶  ちゃー:いつも

5.わー(豚)とワー(我)

豚は今帰仁ことばで『わー』、お前や君は『やー』という。それぞれ音声表記では「わー」(?wa:),「やー」(?ya:)になり?waや?yaの接近音が喉頭化する。この喉頭化音は、沖縄本島の多くのことばにもみられる。しかし、今帰仁ことばでは鼻音にも喉頭化音がみられる。

   わー:豚  ワー:我   やー:おまえ ヤー:家

   まー:馬  マー:隙間、空き間  なー:もう ナー:あなた

?wa?yaの接近音や?m?nの鼻音の喉頭化音は、声門で呼気流を留め、接近音や鼻音の発声と共に一気に呼気を口室へ送ることで作られる。近年、方言を話さなくなった若い人たちは、この声門破裂音を意識してできなくなって、発音も難しくなっている。

6.ハサー、ハンビン(傘を被る)

傘は、今帰仁ことばでは「ハサー」、かぶるは「ハンビン」という。今帰仁ことばでは、標準語のカ行の子音に対してがあらわれる。「傘をかぶる」はウチナーヤマトゥグチであるが、今帰仁ことばではハサーハンビン」という。沖縄本島北部のことばの特徴の代表例としても取り上げられるがカ行のkの子音がhへ変化する。今帰仁ことばでも標準語のカ行の子音としてあらわれる子音「カ、コの場合は、例えば「ハサー:傘」、「フミ:米」「:婿」のように音に、「」は「:肝」のように」、「」は「キー」のように「」としてあらわれる。 

7.「スラーセン」はどんな意味

「きれい」、「暑い」、「高い」などの形容詞は,今帰仁ことばでは「スラセン」、「ハちセン」、「タかセン」という。那覇・首里のことばでは「ちゅらさん」、「あちさん」、「たかさん」といい、形容詞の語尾は「さん」になるが、今帰仁ことばでは「セン」である。

形容詞の語幹は複合語の単語つくりの前要素として生産的につかわれる。「スラーうミ:きれいな海」、「スラーちュー:きれいな人」、「スラーニーセー:ハンサムな青年」など。標準議は形容詞が修飾語としてはたらき、2単語となっているが、方言は複合語で、1単語である。「美ら海水族館」の「ちゅら」も「ちゅらさん」の語幹を使って複合語を形成している。

今帰仁ことばでも心情をあらわす形容詞は「ちム:心、肝」を使って複合語をつくる。「ちムガナーセン:いとしい」、チムグルーセン:気の毒である」、「ちムシかーラセン:心寂しい」、「ちムペーセン:気が早い」など。このような形容詞は、ほとんどが標準語に直訳できない。たとえ、意味の近い標準語に置き換えて表現しても満足できない思いを先人たちはしてきたことだろう。沖縄本島出身の若者の言葉に「ちむい」というのがある。「かわいそう、ひどい」などの意味で用いるようであるが、「ちむ」を資源として感情形容詞を生産的に作り出す方言の単語つくりにつながっているかもしれない。

 『琉球語の美しさ』仲宗根政善(1995年)に次のような記述がある。

琉球方言は「心」よりも「肝」を多く用いる。語彙としては興味ある語である。大阪に出稼ぎに行った沖縄人が肉屋へ豚の肝臓を買いに行って、豚の心を売ってくれと求めたが、肉屋には通じなかったという笑い話がある。肝と心を転倒しているからである。

8.今帰仁ことばは、アクセントの型が多い

   今帰仁ことばのアクセントは、高低差がはっきりしていて、アクセントやイントネーションによって、近隣との言葉の違いに気づくのである。今帰仁ことばは、単語アクセントが三つある。単語全体を高く平らに発音する「パー:葉」、「単語の途中から高くする「パー:歯」、単語の途中から低くする「ぱー:外海」の三つである。

長い音節 「パー:葉」、ちー:血」、「モー:藻」

     「パー:歯」、ティー:手」、「ユー:湯」

     「ぱー:外海」、「くー:今日」、「わー:豚」

2音節の単語は短い音節が二つで構成される場合と、短い音節と長い音節を前後のどの位置に捉えるかによって、以下のようなパターンがある。

 短い音節二つ

 「ムイ:盛」、「トぅイ:鳥」

      「ナイ:実」、「くイ:杭」

      「パイ:針」、「フイ:声」、「うミ:海」、「プニ:船」

 短い音節と長い音節の組み合わせ

      「パナー:花」、「ヤマー:山」、ハサー:傘」

      「パナー:鼻」、「ハジー:風」、「くヂー:釘」

      「くルー:黒」、「シルー:白」、「マギー:大きい」

      「ハーラ:川」、「ミーち:三つ」、「わービ:上の方

第10課 今帰仁ことば入門  (朗読省略)

1.あいさつことば

ヘイサリー 道で顔見知りではない人や、学校の先生や役場の人などに出会

       ったときなどに、あいさつするときに使う。また、人の家を訪

       ねた時に、家の奥の方に向かって声掛けをする時にも使う。

サービラ  人の家を訪ねた時、訪ねた人の家族を前にしたときに、あるい

       は姿の見えない家人に対して呼びかけるときに使う。

いジフーイー 家や仕事などから出かけるときに使う

    ※「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」に対応するあいさつ

     ことばはない。

2.人に対する気持ちを表すことば

にへーどー 同年の人や年下の人に対してお礼を言ったり、感謝の気持ちを

       伝えたいときに使う。

ニヘー エービン  ニヘー エービたン  目上の人にお礼を言ったり、

       感謝の気持ちを伝えたりするときに使う。

ワーガ ワッセン  同年の人や年下の人に対して「ごめんなさい」と謝る

       ときや、お詫びの気持ちを伝えるときに使う。目上の人に対し

       ては、ワーガ ワッセービーたンという。

3.食事の時につかうことば

(1)膳の前に腰かけて座っている状態の時に食べるように進めるときに使う

けンソーレ  同年の人や年下の人に対して「食べなさい」と進めるときに

       使う。

カミミソーレ 少し気を使う人や親しい目上の人に対して使う。

ちャーギンソーレ 目上の人に対し「食べてください」と進めるときに使う。

カメー    同年の人や年下の人に対して「食べれ」と進めるときに使う。

(2)食卓や膳の前に行くように進めるときに使う

かーてィけー  かーてィ いけー  同年の人や年下の人に対して「食べて

        いきなさい」と進めるときに使う。食べてから行きなさいと云

        う動作の順番はあらわさない。

ちャーギてぃ もーレー 目上の人に対して「召し上がってください」と進め

        るときに使う。   ※ チャーギンソーレとも言う。

(3)ごはんやおやつなどを口に運ぶ前にいう

かーイー  同年の人や年下の人に対して「たべようね」という場合に使う。

かマーイ  「かーイー」よりはていねいな言い方。

くヮッちー サーイー  くヮッちー さービラ  目上の人の場合や、祝い

       の席や行事などの場合に「ごちそうになります」として使う。 

(4)ご飯を食べ終わった時に使う

くヮッち シちャン(ナッタン)  同年の人や年下の人に対して「ごちそう

       になった」の意味で使う(ごちそうさま

くヮッちー サービたン   目上の人の場合や、祝いの席や行事などの場合

       に使う。

4.顔見知りの人と接するときに使うことば

(1)道端で出会って声をかけるとき

ダーちガー 「どこに行くの」と尋ねたが、訪ねられた人は行き先を詳しく云

       う必要はなく、「ユージュチ(用事に)」、「ヨイマーマディ

       (ちょっとそこに)」などと答える。同年の人や年下の人の場合

       に使う。

ダーち もールガ  ダーち もーリンセーガ 目上の人に対して使う。

あンち ミラランたル  久しぶりにあった人に使う。「あんなにも見られな

       かった」と云う意味が元である。

5.出かけるとき、帰ってくるときのことば

(1)出かけるとき

いジフーイー  「行ってくるね」と云う意味

(2)帰ってきたとき

いヂちャンドー  「行ってきたよ」と云う意味

なー けーたンドーヤー  「もう帰ったよ」

なー けーてィちャン

第12課 今帰仁ふとぅーばにも規則がある

  令和元年度に名桜大学で開催された「しまくとぅば講師養成講座」島袋幸子先生が執筆した「現代日本語の格助詞と与那嶺方言との比較」が資料として配布されました。今帰仁ふとぅーばを知る貴重な資料です。

1.主語に続く「が」は「」や「」になる

大城です ワヌー  大城 ヤイビン  

悪い   ミちー  ワッサヌ   

2.「~を」は消えることもある

昨日テレビ見なかった 

      ワヌー ヤ キヌー テレビ   ミャンタン (ゼロ格という)

3.日本語が次のように変化する

 

ありか

場所

行き先

方向

相手

時間

現代日本語

与那嶺方言

ネー

ネーティ

カティ・チ

ネー

ネー

ネー

 

・ありか:に→ネー   夕飯机の上あるよ

        ユフイ ヤ シクー ヌ うイ ネー あンドー

場 所:で→ネーティ 夕方まで家待ってくれ 

        ヨーネーガたーマディ ヤー ネーティ マッちョーレー

行き先:に→カティ  役場行ってくれ 

        ヤくバー カティ イちー トゥラセー

方 向:に→ネー   あそこに行け     あマー ネー ヒケー

相 手:に→ネー   お父さん叱られた  

        ちャーちャー ネー ヌラッタン

時 間:に→ネー   僕は8時学校に行く

          ワヌー ヤ 8時 ネー 学校 カティ ヒチュン

4.手段・道具・材料に続く言葉

手 段:で→    タクシー行くより、バス行くほうがいいよ

          タクシー  ヒチューシ ヨーカ バス  

          ヒチューシ マシードー

道 具:で→    包丁切った 

        ポーちャー  ゆー フシッチャン

材 料:で→チ・チャラ  この鯉のぼりは紙作った

          フヌ コイヌブリ ヤ ハビー  シこータン

5.出発・到着・範囲を表す言葉

出 発:から→チャラ・ラ  与那嶺から来た ユナーミ チャラ チャン

相 手:から→チャラ・ラ  友達から本をもらう

             ドゥシー チャラ シムチ ユン

原 料からチャラ・ラ  酒は米から作られる

               サきー ヤ フミー チャラ シコーラリン

開始時間から→チャラ・ラ  村芝居は6時から始まる

               ムラウードゥイ ヤ ルクヂ チャラ パヂマン

移動場所を→チャラ・ラ   横断歩道歩く 

             横断歩道 チャラ あッちュン

範 囲まで→マディ・ガディ この荷物まで担いで行ってくれ

               ヌ ニームちー   ヤー マディ 

               ハたーミティ トゥラセー

6.総合動作の相手や仲間を表す言葉

と→トゥ       おじいさんおばあさん仲が良い 

ぷーぷー トゥ ぱーぱー ヤ ナハー ユたセン

7.比較する言葉

より→ヨーカ     天ぷらより刺し身が美味しい

ティンプラ ヨーカ サシミ まーセン

              あれよりこれいいね

              あリー ヨーカ フリー マシ エンヤー

8.その他

で→ネーティ     この本名護買った。 

フヌ シムチ ヤ ナグー ネーティ ホータン

の→        赤ちゃん布団屋根干されている

           アカングァー  うドゥ ガ ヤーヌうゎービ 

ネー プッサットゥン

の→        あの車ものだろうか

             あヌ くルマー ヤ タ  ムン ガヤー

を→消える      君昨日新聞読まなかったね

             やー ヤ キヌー シンブン   ユマンテーサヤー

≪参考文献≫

しまくとぅば読本 沖縄時事出版     平成28年沖縄県発行

  今帰仁方言辞典  仲宗根政善著     昭和58年角川文庫発行

  今帰仁村史    今帰仁村史編集委員会 昭和50年発行

  平良新助伝    大里康永著      昭和44年発行

  おまえ うまそうだな  

           宮西達也・作絵    2003年ポブラ社発行

  くらべてみよう しまくとぅば (電子版) 

           くらべてみよう しまくとぅば政策委員会

平成29年時事出版社発行

  今帰仁くとぅば執筆者:島袋幸子(琉球大学非常勤講師)

  かたらな ちからな しまくとぅば    沖縄時事出版

           仲原 穣(沖縄県立大学 他兼任講師) 監修

           沖縄県文化スポーツ部文化振興課 平成18年度発行

  しまくとぅば読本 「しまくとぅば読本」製作委員会編集 沖縄時事出版

           沖縄県文化スポーツ部 文化振興課 平成27年発効

  しまくとぅばプロジェクト連続講座テキスト(2013・14・15年度)

  しまくとぅば講師養成講座テキスト(令和元年度)

  母とおさなごの歌 日本私立幼稚園連合会編

 

今帰仁ふとぅーば教室テキスト

 平成28年度に今帰仁村の公民館講座で「今帰仁ふとぅーば教室」を開催しましたが、参加者が少なく取りやめになりました。再開に向けてその時作成していたテキストを掲載したいと思います。何かの機会に活用できれば幸いです。

2016年度(平成28年)

授業日:2016年4月12日(火)毎月第2・第4火曜日を予定

時 間:20:00~22:00

場 所:今帰仁村中央公民館講堂

授業スケジュール

開 催 日

主 な 内 容

4月12日

前期開講式 今帰仁フトバ教室の進め方

4月26日

テキスト1(琉球語って何?

5月10日

 

5月24日

テキスト2(琉球語にも決まりがある母音のルール)

6月14日

テキスト3(子音のルール)

6月28日

テキスト1・2・3の復習

7月12日

テキスト4(今帰仁フトバについて)

7月26日

テキスト4(今帰仁フトバについて)

8月 9日

テキスト5(パソコンでの検索方法について)

10

8月23日

実習1(絵本・民話等を今帰仁フトバで訳す)     

11

9月13日

実習2      々

12

9月27日

実習3      々

13

10月11日

後期開講式 今帰仁フトバ教室の進め方

14

10月25日

テキスト1(琉球語って何?

15

11月 8日

テキスト2(琉球語にも決まりがある母音のルール)

16

11月22日

テキスト3(子音のルール)

17

12月13日

テキスト1・2・3の復習

18

1月24日

テキスト4(今帰仁フトバについて)

19

2月14日

テキスト4(今帰仁フトバについて)

20

2月28日

テキスト5(パソコンでの検索方法について)

21

3月14日

実習1(絵本・民話等を今帰仁フトバで訳す)

22

3月28日

実習2      々

※ 前期受講者が後期も受講する場合は、自分たちで持ち寄った絵本や民話などを今帰仁フトバに訳す実習を続けていただきたい。

第1回今帰仁ふとぅーば教室テキスト

1.    琉球方言または琉球語て何?

(1)琉球語の範囲

北は鹿児島県の喜界島から南の与那国島まで

連なる琉球列島の島々で話されてきた言葉

を、総称して「琉球方言」又は「琉球語」と

いう。本教室では、琉球語に統一して授業を

進めたい。

本州と琉球列島を重ねて、琉球列島北端の喜

界島を宮城県仙台市に重ねると、那覇市は長

野県松本市あたり、宮古島は大阪市と京都市の中間あたり、石垣島は淡路島の西側に、与那国島は広島県と岡山県の県境あたりに位置する。

2.琉球語の種類(ユネスコ認定)

  奄美語
  喜界島、奄美大島、徳之島
 の島々で話されている言葉
 ②  国頭語

沖永良部島、与論島、本島北部とその周辺離島で話されている言葉

 ③  沖縄語

  本島中南部で話されている言葉

 ④  宮古語

  宮古の島々で話されている言葉

  八重山語

  石垣島やその周辺の島々で話されている言葉

  与那国語

 与那国島で話されている言葉

琉球語は、このように6つに大別されるが、さらに住む島々や集落によ   っても異なってなってくるので「しまくとぅば」と言われる。

ユネスコが2009年2月19日に世界の2500言語が消滅の危機にあるとし、日本語では、琉球語のほかにアイヌ語、八条語の8語を認定した

3.琉球語の起源

 日本語と琉球語の違いは、ヨーロッパの言語の視点で見ると、日本の一地方の方言というより、違う言葉ととらえたほうが自然で、その差異はイタリア語とフランス語くらいの違い、英語とドイツ語以上の違いほど著しいとのことである。

 しかし、元をたどると古代大和語(日本祖語)に行き当たる。古代の日本人が日常語として用いた言葉が今でも沖縄に残っている言葉は多い。いわゆる「古事記」や「万葉集」などの大和語で、本土ではすでに死語となったものが、今でも生きた言葉として活用されている。その例をいくつか挙げると

  肉(シシ):宍(シシ)  妻(トゥジ):刀自(トジ)

  鳴響む(トヨム) 坂(ヒラ) 尻(チビ) 蝶(ハベル) 肺臓(フク)

  地震(ナイ) 暁(アカトキ) 後妻(ウハナリ) 陰嚢(フグリ)・・・

日本語の方言は、地域が隔たるにしたがって、共通語的性格を持った言語の助けなしには、総合理解ができないほど大きな違いがあるが、青森から鹿児島まで方言は、ほぼ地域的に連続的に変化していると言える。隣接する地域同士の人であれば、習熟によって相互理解が可能になる。

日本語の方言は、8世紀のころ中央語を含む西日本と東国と言われる東日本に分かれていたが、13世紀までに西日本の方言が、新しく変化した上方の方言と、依然として古態をとどめる九州の方言との間に差が生じ、東西の2大対立から、東部、西部、九州の3大方言になった。

琉球方言は、九州方言に類似性が多く、古い時代の九州方言から分岐したと言える。

4.琉球語の歴史的歩み

 外間守善によると、沖縄語(琉球語)は、2・3世紀から6・7世紀にかけて日本祖語から本土に広がっていく日本語と、九州を経て南の島々にわたっていく沖縄語に分岐したと推論している。そして、琉球語への傾斜は11・12世紀頃、文字との接触を13世紀頃、文字による表記法の確立を15世紀末頃、そして、15・16世紀に文献時代に入るとしているとしている。

  日本祖語が沖縄へ伝播したのは、弥生時代だと考えられる。

伊波普猷、服部四郎ら琉球語学の先人たちの提言

弥生時代に農耕文化や弥生式土器も伝わる。

  11・12世紀にかけて、按司(アジ)と呼ばれる農耕社会の小規模な地域の支配者が現れ、互いに武力闘争を始める。

この地域的結びつきの強い農耕社会の形成が、琉球諸語の分岐をもたらしたと考えられる。

  1265年(13世紀)に禅鑑という僧侶が本土から仏教とともに文字を沖縄にもたらした。琉球語と文字との初めての接触であるが、実際に文字を活用するようになるのは約100年後である。


1429年、尚巴志による琉球王朝の誕生。文字文化が定着し、様々な文献が登場

≪考察≫

 これまで見てきたように琉球語がしまくとぅばと言われるように島々や住んでいる地域によって異なる原因は、

1.    海を隔てて1000Kmにわたる海原に島々が点在し、交流が図りにくい。本土のように陸続きとしての連続性がないため、島々による言語の差異が大きくなった。

2.    按司などの出現で、結びつきの強い小規模な社会(シマ)が形成され、そこでは同じ言葉が語り継がれていった。

3.    文字を持たないため、口承のみで引き継がれていき、シマ独自の言葉が形成された。

≪コラム≫

琉球語に残る中国語   沖縄文化社「ひとことウチナーグチ」より引用

 歴史的に中国との交流が長い沖縄だが、中国から入ってきたことばは意外に少ない。空手や料理関係のことばを除けば、沖縄方言に残された中国語はわずかな単語ばかりで、それもほとんど忘れられたことばになってきている。

  祖父(タンメー)  父(ターリー)  兄弟(チョーデー)

  甘ったれ(フンデー)  三味線(サンシン)  山賊(フェーレー)

  海賊(ハイチェー)  闘鶏(タウチー)  長持(ケー)

  雲菜(ウンチェー)  中国式将棋(チュンジー)

  オードブル用の食器(東道盆:トゥンダーブン)  中垣(ヒンプン)

  冗談(テーファー)  腹いっぱい(チュファーラ)

  大変(イッペー)  大概(テーゲー)

≪メモ≫

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    

                                    


第2回今帰仁ふとぅーば教室テキスト

1.      琉球語の特徴的な音韻変化

外間守善著「沖縄の歴史と文化」より  沖縄語を例に

「初心者のためのしまくとぅばの音のしくみと単語」より

講師:仲 原 穣 (県内各大学で非常勤講師としてしまくとぅばを指導)

1.      どの言葉にもルールがある(沖縄語の中の首里方言を中心に述べる)

(1)  母音のルール1 アイウイウ=3母音の原則

共通語の「え e」段音は、「い i」段音になる

共通語の「お o」段音は、「う u」段音になる

基本的に「あ a・い i・う u」段は共通語と同じ音になる

 ≪習問題1≫ 母音のルール1に従って次の言葉を沖縄語(首里方言)に直しなさい。

雨(am)→       船(hun)→

酒(sak)→      腕(ud)→

箱(hak→)→     雲(kum)→

色(ir)→       音()→

側(sba)→      手間(tma)→ 

天(tn)→       底(s)→

粉(k)→        鐘(kan)→

   諸(m)→      横(y)→

   此れ(k)→     風(kaz)→  

(2)  母音のルール2 

「う段音」のうち、す・ず・つだけ「う段」から「い段」になるので

「す」(シ)、「ず」(ジ)、「つ」(チ)になる。

 例えば、次の言葉は、脛(su)→シニ(si)  

   水(mizu)→ミジ(miji) 爪(tu)→チミ(ti

  ≪練習問題2≫ 母音のルール2に従って次の言葉を沖縄語に直しなさい。

   面(tura)→       綱(tuna)→

   砂(una)→       先ず(mazu)→

   墨(sumi)→

(3)  母音のルール3

母音が続くときの特徴として、首里方言では

共通語の「あい ai」「あえ ae」は、「えー ee」になる

共通語の「あう au」「あお ao」は、「おー oo」になる

  母音が連続すると、口の中の下はダイナミックに動く。このような動きを避

けるため「イ」と「ア」の中間の位置で発音する「エ」を伸ばして発音する。

(二つの母音が変化したので2音分の長さになる)。これは、舌の動きを少な

くし話しやすいように変化してきたからである。

≪練習問題3≫ 母音のルール3に従って次の言葉を沖縄語に直しなさい。

代(dai)→        境(sakai)→

前(mae)→        竿(sao)→

直す(naosu)→     太鼓(tai)→

青蠅(aoae)→     挨拶(aisatu)→ 

(4)  母音のルール4 

共通語で一音節の語は、二音節になる  (語尾が伸びる)

  母音が伸びる。(但し、ルール1・2などで変化させた後、母音を伸ばす。

≪練習問題4≫ 母音のルール4に従って次の言葉を沖縄語に直しなさい。

歯(ha)→          根(n)→    

目(m)→          巣(su)→    

帆(h)→          毛(k)→

コラム1  「うちなーぐち」とは

 一般的に広まっている呼び名に「うちなーぐち」がある。沖縄本島に住む人々

にとって「沖縄方言」や「沖縄語」と同じく奄美・沖縄地域のことばをさすことば

だと考えている人がいるかもしれない。あるいは、沖縄県のことばを「うちなーぐ

ち」だと勘違いしている人もいるかもしれない。実は、どちらも正しくない。「う

ちなーぐち」とは、主に沖縄島の中南部地域やその周辺離島のことばを表すことば

で、奄美や宮古、八重山地域の人々で自分のことばを「うちなーぐち」だと思って

いる人はおそらく一人もいない。

 例えば、宮古の人が使うことばは、「ミャークフツ」などといい、八重山の人

が使うことば「シㇲマムニ」などと呼ばれている。また、奄美諸島の人々は、自

分のことばを「シマグチ」などと言う。

 

コラム2 琉球語が伝える古い日本語

  「ごめんください」→「チャービラ」という。このチャービラの語源は

  来侍ら(キ・ハベラ)である。「はべる」は平安時代の日本語である。平安

期に盛んだった「はべる」が鎌倉時代になるとだんだん衰えてきて、「さふらう

(候)に変わってくる。沖縄ではその「侍り」が入ってきてかなり使われている

が、「候」はどういうわけか使われていない。

キ・ハベラはキハベラ→チハバラ→チアベラ→チャービラという変化をたどったも

のである。「はべら」は、オモロ語や組踊語の中では、「やべら」という表記で使

われている。

 イミソーレー(お入りなさい)、メンソーレー(いらっしゃい)のソーレーは、

「候」ではないかと考えられがちであるが、それは間違いである。イミソーレーの

原形は、「入り召しおわれ」、メンソーレーは「参り召しおわれ」であって「入り

候へ」「参り候へ」ではない。イミソーレーは、イリメシオワレ→イリメソーレー

→インミソーレー→イミソーレーと変わり、メンソーレーは、マイリメシオワレ→

マイリメソーレー→マイリミソーレー→メンソーレーという変化をたどったもので

ある。

 サカ(坂)の事を沖縄語ではヒラという。日本古語では「黄泉比良坂(よもつひらさか)」のように

ヒラサカと言っていた。沖縄語にヒラが日本語にサカが残って、半分ずつお互いが

分け持ったことになる。また、沖縄で障子の事をアカイ(明り)といい、本土では

ショージ(障子)という。ところが平安時代にそれは、アカリソウジ(明り障子)

であり、これも半分ずつお互いに持ち合っている。つまり、持ち合っているふたつ

の語を合わせることで日本語の古い姿を再構できるわけである。


戦後沖縄の復興を支えた北米移民の先駆者たち

~今帰仁出身者を中心に~

元沖縄県知事大田昌秀氏が、那覇出版社「季刊沖縄」で「~戦後壊滅的打撃を

った沖縄を物心両面から支えたものも移民先からの惜しみない支援であり、当時

の沖縄県歳入総額の66%に相当する海外からの送金なくして沖縄県の復興と今

日の発展は考えられない」と報告している。

むとぅーぬ ウチナー県知事大田昌秀さんが 那覇出版社「季刊沖縄」んてぃ

「~いくさぬあと さーざーとぅ うちこんさってぃ ありぱてぃとぅいたる 

ウチナー ちむ とぅ むぬーぬ たーめーから ささいたしや 移民さち

からぬ うしみねーらん たしきに ゆいぬむん でぃち うぬとぅしぬ 

ウチナーぬ 歳入総額ぬ 66% かい あたいぬ 海外からの 送金 

ねんぐとぅや ウチナーぬ たちのーし とぅ なまぬ いやさかや 

かんげーららん」でぃ いちょびん

北米から故郷沖縄の復興支援を呼びかけて実現させたのは、移民の先駆者として

北米で活躍していた今帰仁人たちでる。今日は皆さんにその話しをしようと思い

ます。

北米から うまーりじまー ウチナーぬ 復興支援 ゆびかきてぃ

みーなっちゃしや 移民ぬ さちがきー とぅしちー 北米にんてぃ 

がーしちょーたる ナチジンチュたー やいびん 

くーや うんじゅなーかい うぬ ぱなーし さーでぃ うむやびん

1945年10月、東村出身の中村信義と今帰仁の幸地新政は、米政府が組織し

た「原爆被害民情調査団」の一員として来日した。

1945にん10がち ヒガシむら うまーりぬ 仲村信義 とぅ ナチジン

うまーりぬ 幸地新政が アメリカ政府が しこーたぬ 原爆被害民情調査団ぬ

しんかとぅ しちー 日本かい わたてぃちゃん

幸地は、福岡市に収容されていた南洋ダバオからの引揚げ難民を見舞った。

幸地や 福岡市 んかい とぅじくみ らとぅいたん 南洋ダバオから

ひきあぎてぃ ちぇーぬ ちゅんちゃー みーめー しちゃん

そこで、引揚難民の燦燦たる状況を目の当たりにし、引揚難民を沖縄に返すため

日本政府とマッカーサー司令部に直訴したが許されなかった。

うまーうてぃ ひきあぎてぃ ちぇーぬ ちゅんちゃーぬ あわりちりたる

ようーし みーぬ めーにしちー ちゅんちゃー ウチナーかい 

けーすぬたみー 日本政府とぅ マッカーサー司令部んかい うってー 

たしが ゆるさらんたん

この上は一日も早く帰米して、在米同胞と共に沖縄救済運動を起こすことが急務

であると考え、ニューヨークで発行している「北米新聞」に9回にわたって難民

の惨状を報道した。

うぬういや いちにちん ぺーく アメリカんかい けーてぃ アメリカに

ういぬ しんかんちゃーとぅ まんな ウチナー救済運動ぬ たちあぎるし

いすがんねー ならんでぃ かんげーてぃ ニューヨークうてぃ

いじゃさっとぅいぬ 北米新聞かい 9回に わたーてぃ ひきあぎ難民ぬ 

あわりちりたる よーし しらちゃん

ニューヨーク市に住居している沖縄系人は、早速「沖縄戦災救援ニューヨーク委

員会」を結成する。

ニューヨーク市に すどーぬ ウチナー系ぬ ちゅんちゃーや すぐい

ウチナー戦災救援ニューヨーク委員会 たちあぎたん

この委員会は、沖縄救援運動の認可を得るために幸地と仲村を代表としてワシントンに派遣し、太平洋諸島軍政長官W・F・ゼニングス海軍大佐に次の3点を要請した。

うぬ委員会や ウチナー救援運動 みとぅみらすんたみに 幸地とぅ仲村 たい

代表とぅしちー ワシントンかい うくーてぃ 太平洋諸島軍務長官WF

ゼニングス海軍大佐 かてぃ みーちぬくとぅ うにげー しちゃん

(1)沖縄救援運動の認可。

てぃーちや ウチナー 救援運動 みとぅみぬくとぅ

(2)救援物資を無料で沖縄に輸送。

たーちや 救援ぬたみぬ しなじなー ただーち ウチナー んかい 

うくいぬくとぅ

(3)北米と南米からの手紙を沖縄に届ける

みーちや 北米から とぅ 南米からぬ てぃがみ ウチナーかい 

とぅどぅきてぃ とぅらすぬくとぅ

特に南米の沖縄同胞は、永年沖縄との音信杜絶で心配していることを付け加え

た。

とぅくに 南米ぬ ウチナーしんかや なげー えーだ ウチナーとぅ

うとぅさたー ねんてーとぅ しわーしちゅいぬ くとぅ ちきくわいたん

要請を受けた軍政長官は、この申し出を快く承諾し、自筆の紹介状を作成して

幸地と仲村に渡し、物資の輸送などを約束してくれた。

たぬみうきたん 軍政長官や うぬ くちはきー ちむゆたしく うきてぃ 

どぅーち 紹介状ぬん かっち 幸地 とぅ 仲村んかい わたーち 

しなじなー うくるぬくとぅ やくしく しちー とぅらちゃん

幸地と仲村は、沖縄戦災救援復興運動の全国組織を結成するため各地を訪問し

た。

幸地とぅ仲村や ウチナー戦災救援復興運動ぬ 全国組織 しこーるぬたみ

アメリカじゅう たじにてぃ いじゃん

デンバーでは仲宗根カナ(今帰仁村)を委員長にデンバー委員会が結成した。

デンバー うてぃや ナチジンうまーりぬ 仲宗根カナ 委員長 にしちー 

デンバー委員会 しこーたん

ロサンゼルスでは、兼次忠七郎(今帰仁村)を委員長にロサンゼルス委員会が結

成された。

ロサンゼルスうてぃや ナチジンうまーりぬ 兼次忠七郎 委員長にしちー 

ロサンゼルス委員会 しこーらったん

ロサンゼルス委員会は、アメリカの国民をも巻き込んで沖縄戦災難民救援義捐金

募集を始めた。

ロサンゼルス委員会や アメリカぬ ちゅんちゃーたー ぬん まちくでぃ

ウチナー戦災難民救援義援金 あちみ ぱじみたん

集められた古着類は、リッチモンドの海軍倉庫から積み出し沖縄に輸送した。

あちみらったん ぷるーちぬー たーや リッチモンドぬ 海軍倉庫から

ちみーだし しちー ウチナーかい うくたん

沖縄戦災救援復興運動の取り組みは南米やハワイに広がっていき、海外からの沖

縄救援運動は大きなうねりになった。

ウチナー戦災救援復興運動ぬ といくみや 南米 とぅか ハワイかい 

ぴるがってぃいじー 海外からぬ ウチナー救援運動や まぎー むさー 

かい なったん

ハワイから豚が送られてきたのも、リッチモンドから出航したアメリカ海軍の

輸送船である。

ハワイから わー が うくらってぃ ちゃーしん リッチモンドから 

いじたぬ うぬ アメリカ海軍ぬ 輸送船 えったん

 しかし、このような莫大な義援金や物資を送ってくれた海外のウチナーンチュ

たちも決して豊かな生活をしていたわけではない。

 あんしが うぬよーな ちゃっさんぬ義援金とぅか しなじなー うくてぃ 

とぅらちゃぬ 海外ぬ ウチナーンチュたー や じょい ゆちーく な

くらーし しちういたん わきや あらん

特に北米に住むウチナーンチュたちは、戦前血のにじむような思いで築き上げた

家屋敷や財産を敵国人としてすべて没収され、捕虜収容所に収容されていたので

ある。

 とぅくに 北米かてぃ ういたぬ ウチナーンチュたー や いくさぬめー

あわりちるぬ うむいち きじきあぎたん やーやしち とぅ 財産 

敵国人 とぅしちー むるー とぅいあぎらってぃ 捕虜収容所かい 

とぅじくみらってぃ うたんばー

終戦とともに釈放され、そこから生活の再建を図るため死に物狂いで働いている

最中だったのだ。

 いくさが わーいしとぅ まんな 捕虜収容所から いじゃさってぃ 

うまから くらーし たちのーすんたみに じょーちりばい しちー 

ぱたらちゅいぬ ばんじ えったん

他人のことをかまっている余裕など無い状況にも拘らず、故郷沖縄のためにはと

義援金や物資を拠出していたのである。

 ふかーぬ ちゅーぬ くとぅ かまとぅいぬ まどぅん ねーん とぅち

えったしが うまりじまー ウチナー たしきぬ たみえりば でぃちー 

義援金 とぅか しなじなー いじゃちゅいたん ばー

海外に住むウチナーンチュのチムグクルとユイマールの心の強さは、「すごい」

ですね。

海外にんてぃ くらちゅいたぬ ウチナーンチュぬ チムグクル とぅ 

ユイマールぬ うむいぬ ちゅーさや ちびらーせびんやー

海外からの沖縄救援運動には、平良新助と軍人として沖縄に駐留していた息子

東虎も、大きな役目を果たしている。

海外からぬ ウチナー救援運動にや 平良新助 とぅ 軍人とぅしちー 

ウチナーに 駐留 しちゅいたぬ いきぐぁんぐぁ ぬ 東虎(とうこ)ぬん 

まぎー やくみ はたちゅいたん

当時、民政府に勤めていた當山正堅は、東虎を通し在米沖縄県人会で役員を務め

ていた新助の存在を知り、新助に沖縄の惨状と復興に対する要請を次々と送って

来た。

うぬじぶん 民政府んかい ちとぅみとぅいたぬ 當山正堅や 東虎 とぅーち

在米ウチナー県人会ぬ 役員ちとぅみとぅいたぬ 新助ぬ くとぅ わかーてぃ

新助かい ウチナーぬ ありぱてぃたる よーし とぅ たちのーすん たみぬ

うにげー ばんない うくてぃちゃん

要請を受けた新助はすぐに動き、北米にいた関係者に伝えた。

うにげー うきたん 新助や すぐい えーち 北米に ういたぬ 

しんかんちゃー かい ぱなし とぅーちゃん

當山正堅からの要請の一部紹介すると

當山正堅 からぬ うにげーぬ いくちかー しらしーねー

1947年10月に送られてきた手紙には、

 1947にん 10がちに うくらってぃちゃん てぃがみ にや

・12万戸の家屋の94%が焼かれ、沖縄人だけで11万人近くが戦病死した。

 12万あいたぬ やーやしちぬ 94% やかってぃ ウチナーンチュ

びけーちん 11万人 まんぐらー いくさ とぅか げーち ち しじゃん

・田畑や飛行場は軍の施設に利用され、戦前の66%が復活していない。

 たーぱたー とぅ 飛行場や 軍ぬ 施設 とぅしち― しかーらってぃ 

いくさぬめー ぬ 66%や なまー むとぅーに むどぅとぅらん

・農具・漁具・大工用具もほとんど失い大弱り。

 るまんがー や とぅじゃー とぅか せーくどーぐ ぬん むるー 

ねーんなってぃ よーみ いっちょん

・牛は2万2千頭の内、2万1千頭が死ぬ。馬は3万頭の内2万8千8百のが死ん

 だ。山羊は10万6千頭の内10万1千頭死んだ。豚は、ほとんど全滅。

などと壊滅的な被害を受けた沖縄の実情が綴られていた。

 ふしーや 2万2千頭ぬ うちー 2万1千頭 しじゃん まーや 3万頭

ぬうちー 2万8千8百頭 しじゃん ぴーじゃーや 10万6千頭ぬうちー

10万1千頭 しじゃん わーや いっそーなーり しじゃん でぃち 

さーざーとぅ いくさに さったる ウチナーぬようーし はかっとぅいたん

また、1953年の手紙には   

またー 1953にん ぬ てぃがみにや

・沖縄住民は復興が思わしく進まないため苦しんでいる。

 ウチナーぬ ちゅんちゃーや 復興が うみぬぐとぅ すすまぬたみに 

くちさ しちゅん

・食料が足りず栄養失調の傾向にある。

 けーむんが たらーぬ 栄養失調 ならならーしちゅん

・いろいろな日用品がたらず困っている。

 くらーしに ちけーぬ いるんなしなじな― ぷすーくしちー くまとぅん

・善い米兵の親切には感謝しているが,沖縄人に対する理解がなく、無謀な行動に

 出る米兵相当数居って困っている。などが記されていた。

 ゆたせーぬ アメリカーぴーたいぬ しんじちーにや うっさしちょーしが 

ウチナーンチュぬくとぅ わかーらぬ  むぬあてぃねーぬ しーかたすーぬ

アメリカぬ ぴーたいぬん ちゃさんうてぃ くまーとぅん

とぅかが はかとぅいたん

また、當山の手紙に在米外国伝道協会が救いの手を延ばしていることに対する

感謝と、沖縄戦災復興救済連盟に対し沖縄赤十字社と赤十字病院設置のための

資金援助についての要望もあった。

またー 當山ぬ てぃがみにや 在米外国人伝道協会が たしきぬ てぃー

ぬばちゅいぬ くとぅーに てーすぬ 感謝とぅ 沖縄戦災復興救済連盟かい

ウチナー赤十字社とぅ 赤十字病院 たてぃいぬたみぬ 資金援助ぬ 

うにげーん あいたん

この中にある在米外国伝道協会については、新助が今泊出身で日本人フリーメソジ

スト教会の伝道師をしていた上間精十郎に相談して実現したものだと言われてい

る。

 うぬ なはに あいぬ 在米外国伝道協会や 新助が えーどぅめー

うまーりぬ 日本人フリーメゾジスト教会ぬ 伝道師 しちゅいたぬ 

上間聖十郎かい そーだんしちー みーなっちゃん むんでぃ いやっとぅん

当時、上間も北米沖縄県人会の重鎮として救済運動にも深く関わっていた。

 うぬじぶん 上間ぬん 北米うちなー県人会ぬ 重鎮とぅしちー 救済運動

んかい ぷかーく かかわとぅいたん

新助から相談を受けた上間は、高齢で体調も優れなかったため、自分の代わりに

数名の伝道師を沖縄に派遣した。

 新助から そーだん うきたん 上間や とぅしーいじー どぅー 

あんまさー しちゅいてーとぅ どぅーぬ かわいに いくたいかぬ

伝道師 ウチナーかい うくたん

この伝道師たちが沖縄各地に散らばり、戦争で荒れ果てた人々の心を救って行った

のである。

うぬ伝道師たーが ウチナー あまふまに ちらばっていじー いくさち

ありぱてぃたる ちゅーたーぬ くくる すくーてぃ いじゅーたん

これまで話してきたように、戦後沖縄の復興に大きな役割を果たしてのは、北米や

南米、ハワイなどで暮らしていた沖縄からの移民の皆さんである。

 うりまでぃ ぱなし しちぃちゃん ぐとぅ いくさぬ あとぅーぬ

ウチナーぬ たちのーしんかい だてんな やくめー はたしちゃしや 北米

とぅか 南米 ハワイ うてぃ くらちょーたる ウチナーからぬ 移民ぬ

ちゅんちゃー えんばー

しかもこの海外からの支援を呼びかけて活動してきたのが今日紹介した今帰仁の

先駆者たちである。

 あんしち うぬ海外からぬ たしきー ゆびかきてぃ がーしちょーたしや 

くー うしらし しちゃーぬ ナチジン から 移民ぬ さちがちー 

しちゃーいたぬ ちゅんちゃー えーびん

又、ハワイにおける沖縄救済運動を先頭に立って活躍したのも、今帰仁出身の

湧川清栄先生である。

またー ハワイにんてぃ うちなー救済運動ぬ さちーに たっち 

がーしちょーたしん ナチジン うまーりぬ 湧川清栄しんしー えん

私は、同じ今帰仁人としてこの先輩方をとても誇りにしたいと思っている。

わんや うなじ ナチジンチュ とぅしちー うぬ しーじゃんちゃー 

でーじ ふんぶん さーでぃ うむとん



 

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